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2024年01月18日

北方領土物語

投稿日:1月18日(木)

◇1998(平成10)年11月 小渕総理の訪露
モスクワ宣言において、-東京宣言、クラスノヤルス合意及び川奈合意を再確認。-国境画定委員会及び共同経済活動委員会の設置支持。

◇1999(平成11)年12月31日にプーチンロシア連邦大統領の誕生

◇2000(平成12)年9月プーチンロシア大統領の訪日

(1)「平和条約問題に関する日本国総理大臣及びロシア連邦大統領の声明」において、-クラスノヤルスク合意の実現のための努力を継続することを確認。-これまでの全ての諸合意に立脚して、4島の帰属の問題を解決することにより、平和条約を策定するための交渉を継続することを確認。 (2)プーチン大統領が「56年宣言は有効であると考える」と発言。
(3)プーチン大統領は、川奈提案は、日本側の「勇気と熟慮の成果」であったとしながらも、「妥協についての我々の考え方と完全には一致していない」として拒否した。

◇2001(平成13)年3月 イルクーツク首脳会談
イルクーツク声明において、、(1)56年の日ソ共同宣言を交渉プロセスの出発点と位置づけ、その法的方向性を文書で確認。 (2)その上で、東京宣言に基づいて4島の帰属の問題を解決して平和条約を締結するとの日露共通の認識を再確認した。
◇2003(平成15)年1月 小泉総理の訪露
(1)共同声明において、両首脳の間で、4島の帰属の問題を解決し、平和条約を可能な限り早期に締結し、もって、両国関係を完全に正常化すべきとの「決意」を確認した。 (2)「日露行動計画」において、56年日ソ共同宣言、93年東京宣言、2001年イルクーツク声明の3文書が具体的にに列挙され、その他の諸合意と併せ、今後の平和条約交渉の基礎とされた。

次回は、阿部元総理とプーチン大統領との交渉経緯の説明とします。









Posted by たからふじ at 06:39│Comments(0)
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